外資系ホテルの日本進出ラッシュに、近年の為替相場の円安(ドル高)傾向が一役買っているとの見方があります。アメリカ大統領選挙でドナルド・トランプ氏が勝利したことを受けて、為替レートは2024年11月6日に一時1ドル154円台に突入しました。
今後、日本銀行が金融政策決定会合で利上げを決めたとしても、為替相場が急激な円高に振れるかどうかは不透明です。では、外資系ホテルや資金の出し手である国内外の投資家も、ある程度の円安を見越して大きな投資をしているのでしょうか。
為替レートはけっこう大きく変動している
日本の物価高の一因に円安による輸入価格の上昇があるため、消費者目線では趨勢的に円安が続いているように感じる方も多いかもしれません。ただ、短期的には円安が巻き戻し(円高)になることもあります。
この半年間を見ても、1ドル162円台から139円台まで20円以上も変動しています(図1)。莫大な建築コストを長期的に回収するホテル投資のビジネスモデルで、為替レートに頼った経営はできないようにも見えます。
インバウンド増加と為替レートの関係
外資系ホテルの進出が増えている主な理由は、(1)諸外国に比べて日本への進出が少なかった、(2)日本政府も後押しするインバウンドの増加で、収益機会が増えた、(3)オフィスや物流施設など他のセクターに比べてホテルの収益性が高い、などがあげられます。円安かどうかは関係ないようにも見えます。
ただし、趨勢的な円安傾向が外資系ホテルチェーンや国内外の投資家のホテル投資意欲を高めている部分も大きいです。たとえば、(2)のインバウンド。毎年のドル円レート(12月値)と訪日外国人客数を見比べると(図2)、明確な相関関係はないようにも見えます。
ただし、2つの値の前年比をとって、訪日外国人客数を1年先行表示させると、意外にリンクしていることが見て取れます(図3)。たとえば2008年は為替が円高に振れていますが、1年後の2009年はインバウンドが減少していることを示しています。海外旅行を決定する際に、少し前の為替相場が影響を与えている可能性があるのでしょう。
同様に、2009年は前年比で円安となり、翌2010年にはインバウンドも増加。2010年は円高で2011年は(東日本大震災も大きいと思いますが)インバウンドが減少しているのです(コロナ以降はインバウンドが急減・急増しているので比較していません)。
海外からの訪日客は「日本は安くてクオリティがいい、安くて美味しい」と評価しています。高品質とともに「コストパフォーマンスがよい」ことが訪日旅行のインセンティブとなっているのです。
日本政策投資銀行(DBJ)および日本交通公社(JTBF)による調査でも、訪日旅行経験者のうち訪日旅行の決定に円安が影響した人は約4割で、訪日旅行の決定に「円安が影響した」人(2022年10月以降が旅行時期)は約6割に達しています(「DBJ・JTBFアジア・欧米豪訪日外国人旅行者の意向調査2024年度版」<調査期間:2024年7月8日~7月18日>より)。
コロナ以降、日本へのインバウンドは急回復している一方で、アウトバウンド、つまり日本人の海外旅行の回復ペースは鈍いです。地政学リスクやそれに伴う原油高などいろいろな要因が考えられるものの、やはり円安によって現地での物価が割高になってしまったことが大きいでしょう。
円安がホテル経営に与える好影響とは
インバウンドの増加と、円安をテコにした訪日外国人の消費意欲によって、宿泊単価や平均宿泊日数も増え、ホテルの収益性は高まります。総合不動産サービスJLLでホテル投資部門を統括する阿部有希夫ジェームズ・マネージングディレクターは、「特にラグジュアリーホテルは、宿泊特化型よりもレート(客室単価)を上げやすい環境に置かれている」と分析しています。
現在の為替相場が円安気味に推移しているのは、日米の金利差が一因です。低金利の日本で借り入れをして、アメリカなど高金利の市場で運用すると、金利差で儲けることができるからです。借入金のドル建て資産への転換が「ドル買い、円売り」圧力となっています。
日本の低金利は、ホテルなど国内で投資をする際の借り入れを容易にします。「ノンリコース・ローンで5年間借りてもLTV(総資産有利子負債比率)により、金利1.65~1.90%ぐらいに抑えられるので、レバレッジをかけても十分リターンが得られる」(阿部氏)。
今後の為替相場を正確に予測することは投資のプロにも難しいでしょうが、仮に将来は日本銀行の金利引き上げによって今より円高になっているとしましょう。インバウンドには少し逆風かもしれませんが、円安であるいまのうちに投資した物件を、円高になってからエグジット(売却)すれば、(ホテルの資産価値の変動による収益とは別に)為替差益でも儲けやすくなっているはずです。
同様に、近年の急円安の以前に仕込んだ物件は円安で含み損状態になっている場合もありえるでしょうが、円高になるまで待って売却すれば利益が確保できるでしょう。
投資家たちは為替相場に振り回されることは好んでいませんが、金利やドル円レートの短期・長期での変動をうまく利用して、“したたか”に日本でのホテル投資を加速していると言えるのです。